依存症患者・家族を「回復につなげる」ために
アルコール関連問題啓発週間シンポジウム開催
2023年11月15日

 2023年11月15日(水)、厚生労働省主催のオンラインシンポジウムが開催された。シンポジウムのタイトルは「回復につなぐ ―連携のケーススタディー」である。

シンポジウムの司会進行を務めた塚本堅一さん(左)
東ちづるさん(右)

当事者、家族が「回復へのつながり」の経緯を紹介する

 アルコール依存症の治療においては、当事者やその家族が適切な治療や支援とつながることが重要である。しかし、病気の特性や社会的背景から、なかなかうまくつながれていないという現状がある。今回のシンポジウムではそんな課題解決をめざすべく、登壇した当事者や家族が体験談を話し、支援者は治療や回復につなげるための取り組みを紹介した。
 司会進行は、俳優・タレント・一般社団法人 Get in touch代表 東ちづるさんと、元NHKアナウンサー・依存症予防教育アドバイザー 塚本堅一さんが務めた。東さんは父親がアルコール依存症であったことを公表しており、特に当事者家族の話には深く共感を示した。父親のお酒の問題に悩んでいた当時は、アルコール依存症に関する情報が十分になかったため、依存症が病気であることを知らなかったという東さん。専門家に相談し、自助グループにつながっていたら父親は回復していたかもしれないと後悔の気持ちを明かした。また、塚本さんはご自身が依存症の回復者であり、依存症関連イベントの司会や講演を通じて、啓発に取り組んでいる。シンポジウムの冒頭では、「アルコール関連問題啓発週間」の啓発ポスターを掲げ、啓発の重要性をアピールした。


CASE1 職域からの介入と医療連携

 最初に朝日新聞記者、淺野眞さんが登壇し、職域からの介入によって回復につながった体験談を語った。淺野さんは、2017年9月に産業医に呼び出され、健康診断でγ‐GTPが基準値を大幅に超えていたため、即入院するように指示された。入院から約1カ月後に、断酒プログラムのある精神科病院に転院。転院先で、アルコール依存症に関する本を読んだことで知識が身に付き、さまざまな「つながり」を得ることで、飲酒をやめることができたという。退院後の治療の柱は、月一度の通院、自助グループ、産業医面談と検査報告。記者に復帰して連載しているアルコール依存症についての記事は、患者やその家族、社内外から大きな反響があった。周囲の人や支援者とのつながりを大切にし、生き方を変えていくことができれば「酒をやめて困ることは何一つない」と話した。
 淺野さんに入院を勧めた朝日新聞東京本社産業医、朝日新聞社健康政策統括ディレクター・谷山佳津子先生は、管理職や保健師からの情報を事前に得て、淺野さんの依存症を確信していたそうだ。ただ、正面からアプローチしても否認されてしまうと考えたため、まずは身体疾患への懸念を前面に出すようにしたという。働く人の飲酒問題は一人の努力で解決するものではなく、治療から復帰後の対応を含む社内外の関係者間の連携がポイントとなる。アルコール依存症は単なる健康問題ではなく、経営上のリスク管理の問題である。そのため、同僚の問題飲酒を「見て見ぬふり」せず、本人に直接注意をする前に産業保健スタッフに相談をしてほしいと視聴者に訴えた。

配信会場からリアルタイムで登壇した淺野眞さん(左)と谷山佳津子先生(右)

 次に、北里大学医学部消化器内科学・講師の魚嶋晴紀先生が事前収録で登壇した。依存症治療が必要だと判断されたアルコール性肝障害患者には、内科と依存症専門医・精神科医が連携して適切な治療介入を行い、自助グループやソーシャルワーカーにつなげる重要性を解説した。すべての病院に依存症専門医や精神科医が所属しているわけではない現状を踏まえ、内科医やそれ以外の医療関係者が積極的に断酒・減酒の働きかけを行うことが大切である、と結んだ。

事前収録で登壇した北里大学医学部消化器内科学 講師 魚嶋晴紀先生

CASE2 飲酒運転をきっかけに自助グループ等へ


 飲酒運転をきっかけに自助グループ等へつながった体験談を話してくれたのは、ASK認定飲酒運転防止上級インストラクター・ASK依存症予防教育アドバイザーの阿部孝義さんだ。
 阿部さんは、飲酒により内向的な性格が変えられたような気持ちになったことから、未成年時より酒の魅力に囚われ続けた。結婚や単身赴任を経ても酒量は減らず、夜な夜な飲み歩くようになったという。そんな生活が続いたある日、二日酔いを治そうと迎え酒をしたまま車を運転し、単独事故を起こしてしまった。その後も同じような事故を起こし、妻の説得で断酒会につながった。しかしその後も3年は酒が止めきれず、妻や娘を追い込んでしまった、と悔しそうに話す。
 現在では断酒を続けて17年。阿部さんは、自助グループで過去を語ることで、「自分はあの場所に戻らない。そして、家族をあの場所に引き込まない」と自分を戒め続けているという。

体験談を話すASK依存症予防教育アドバイザー 阿部孝義さん

 阿部さんの家族である阿部実智代さんは事前収録で出演した。実智代さんは会社から氏の無断欠勤の連絡が来ることが頻繁に起こるようになってきた頃、インターネットで調べて、アルコール依存症という病気のことと自助グループのことを知り、夫婦と当時小学生の娘3人で自助グループに通うようになった。初めて断酒会に行ったときは「同じ病気で悩んでいる人がこんなにいて、回復すれば普通に生活できている」という安ど感から、涙が止まらなかったそうだ。

阿部さんとそのご家族の体験談に聞き入る東さん、塚本さん

 次に、警察庁交通局運転免許課 課長補佐 中林浩二さんが事前収録の形で登壇した。警察庁では、飲酒運転違反者に対して、運転者の危険性を改善するための講習カリキュラムを実施している。そのカリキュラムにおいて、AUDIT(WHOによって開発された問題飲酒者のスクリーニングテスト)を実施し、受講者に自らのアルコール依存の程度を自覚してもらった上で、ブリーフインターベンションを行っているという。また、アルコール依存症の疑いが認められる受講者には、関連パンフレット等を提供し、専門医療機関や精神保健福祉センター、保健所などの支援の相談窓口案内を行っている。講習のカリキュラムが、アルコール依存症の当事者が相談治療につながるきっかけになるとよい、と話した。

CASE3 精神保健福祉センターの家族相談を入り口に

 滋賀県で民宿を営む宮田徳子さんは、精神保健福祉センターから家族会につながった体験談を語った。宮田さんの弟は、20代の終わりくらいから仕事のストレスから飲酒をするようになった。年々酒量は増え、2021年秋に弟から「朝からお酒を飲むようになってしまった」という電話を受け、依存症を疑うようになったという。そこで、依存症に詳しい友人に相談したところ、精神保健福祉センターを紹介され、自助グループにつながることができたという。
 自助グループでいろいろな体験談を聴く内に、弟の抱えるつらさを理解できるようになった宮田さんは、弟が飲酒で問題を起こしても「一歩進むチャンスが来た」とプラスに捉え、「家族会で話して、励ましてもらおう」と思えるようになったという。宮田さんは、自分と同じように家族に依存症患者がいる場合、家族一人や家族だけで抱え込まず、ぜひ相談窓口や自助グループとつながってほしいと語った。

家族のアルコールの問題を精神保健福祉センターに相談した宮田徳子さん

 宮田さんから相談を受けた滋賀県立精神保健福祉センター・依存症相談員の栗林悦子さんは、宮田さんが初めて家族会に参加する際にも同行したという。民宿を経営している宮田さんは、家族会への参加がしづらい環境にあるが、家族会でつながった人たちは、宮田さんの民宿に泊まりに行ったり、一緒に料理を作ったりしながら彼女の話を聞き、体験談を話すようにしてくれたそうだ。
 栗林さんは、家族も当事者も「信頼できる他者を見つけて、人に頼り、楽になる体験」が大切で、そこから回復が始まっていくと考えている。支援者も、自助グループや家族会に参加して体験談を聞くことで、回復の手がかりや実感を持つことができる。そのため、精神保健福祉センターの研修では、必ず家族の方、当事者に体験談を語ってもらっているそうだ。

事前収録で登壇した滋賀県立精神保健福祉センター 栗林悦子さん(本人提供)

地域連携のキーワード「SBIRTS」


 新生会病院 院長 和気浩三先生は、医療・相談から当事者・家族を自助グループにつなげる効果的な方法 「SBIRTS」の概要を説明した。 「SBIRTS」とは、Screening(スクリーニングテスト)、Brief Intervention(簡易介入)、Referral to Treatment(専門医療に紹介)、Self help group(自助グループ)のこと。とくに自助グループは、依存症の長期的な回復に不可欠である。しかし、日本では、自助グループを必要としながらもつながれていない依存症患者が多く存在する。そんな中、2018年の学会で三重県の猪野先生らによってとある手法が報告された。この手法を活用したところ、新入会員を4.4倍に増やしたという。外来診察で患者に自助グループへの参加が断酒に役立つことを伝え、参加を促し、患者が了解したら、その場で断酒会の人に電話を入れ、つながれば患者と直接話してもらうという方法だ。今回のシンポジウムでは、和気先生と大阪府断酒会員の協力・出演の元、この手法を再現した動画が公開された。
 新生会病院では上記以外にも、「病院サポーター方式」やスタンプラリーなどを行い、専門医療機関として、患者とその家族を自助グループにつなげる努力を行っているという。

患者を自助グループにつなげる手法を再現する和気先生(右)と大阪府断酒会員の皆さん


 シンポジウムの最後に、公益社団法人全日本断酒連盟 事務局 大槻元氏が支援者へメッセージを送った。依存症患者は強い否認があり、医療従事者が断酒例会やアルコールミーティングを推奨しても、行かないことが大半である。そこで、診療・相談の場で自助グループの回復者との出会いの場を設け、医療従事者や相談員が自助グループの会合に同行するなどしてほしいと語った。
 コロナ禍に伴う活動制限で、断酒会は会員減少など大きな打撃を受けた。しかし、SBIRTSの実践で、顔の見える地域連携を推進し、当事者に寄り添い、アルコール依存症からの真の回復を目指したい、と力強く結んだ。

本記事は「時事ドットコム」(2024年1月23日公開)にも掲載されています。

提供:厚生労働省「依存症の理解を深めるための普及啓発事業」事務局

イベントのアーカイブ動画(前編)

イベントのアーカイブ動画(後編)

チラシをダウンロード

開催日時2023年11月15日(水)18:00~20:10
開催方法Zoom ウェビナーによるオンライン開催
参加費無料(申し込み制)
主催厚生労働省

プログラム

Case1 「職域からの介入と医療連携」

18:00~18:40朝日新聞 記者/当事者
淺野眞
朝日新聞東京本社産業医
朝日新聞社健康政策統括ディレクター
谷山佳津子 先生
北里大学医学部消化器内科学 講師
魚嶋晴紀 先生

Case2 「飲酒運転をきっかけに自助グループへ」

18:40~19:20ASK認定飲酒運転防止上級インストラクター・ASK依存症予防教育アドバイザー/当事者
阿部孝義
依存症当事者の家族
阿部実智代
警察庁交通局運転免許課 課長補佐
中林浩二

Case3 「精神保健福祉センターの家族相談を入り口に」

19:20~19:40信楽・森の宿いろりーな 宿主/家族
宮田徳子
滋賀県立精神保健福祉センター 依存症相談員 精神保健福祉士・公認心理士
栗林悦子

Topic 「医療 ・相談から自助グループにつなげる効果的な方法 ― SBIRTSの実際」

19:40~20:05SBIRTSの概要説明
新生会病院 院長 和気浩三 先生
当事者を専門医療機関から自助グループにつなげる際のロールプレイング
新生会病院 院長 和気浩三 先生・大阪府断酒会
自助グループより 公益社団法人全日本断酒連盟 事務局 大槻元
20:05~20:10質疑応答
進行MC俳優・タレント 一般社団法人Get in touch代表
東ちづる
元NHKアナウンサー 依存症予防教育アドバイザー
塚本堅一